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痛みの分類Classification

痛みの分類

1.急性腰痛と慢性腰痛

 痛みが発症してからの期間で痛みを捉えると,発症後1ヶ月程度までの腰痛を急性腰痛,3ヶ月以上続くものを慢性腰痛と呼びます.急性腰痛は日常的に経験する一般的に想像ができる痛みであり,組織損傷を契機に神経系の活動が亢進し,痛む場所や持続期間は限定的である生理的な防御・警告機能です.一方慢性腰痛は本来の治癒期間を超えて継続する痛みであり,その原因は多岐に渡り,骨,筋肉,椎間板など器質的な障害を認めず,運動不足,メタボリックシンドローム,心理社会的ストレスなど多種多様な要因により脳の疼痛抑制機構の機能異常を呈した状態です.


2.侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛,痛覚変調性疼痛

 ヒトの「身体の痛み」には,侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛,痛覚変調性疼痛の3種類があります.それぞれの種類によって治療が異なりますが,一つのみ当てはまるわけではなくそれぞれの要素が重複して存在している場合がほとんどです.

・侵害受容性疼痛
一般的に想像ができる普通の痛みのことです.骨折などの怪我や,包丁で指を切ってしまったりした時に感じる痛みです。皮膚や筋肉など、「現場」で痛いことが起きた情報が神経を通って脳に伝わり,受傷した場所が痛いと感じます.一般的な「鎮痛薬」はこの痛みのための薬です.2種類あり,現場(=炎症が起きている)に効くのが非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs),現場ではなく中枢神経(脳)に効くのがアセトアミノフェンです.

・神経障害性疼痛

 腰椎椎間板ヘルニア,腰部脊柱管狭窄症など,神経自体に損傷や圧迫があるときに起こります.痛みを伝える神経の問題なので,痛い場所(現場)には何も異常はありません.電流が流れるような強い痛みであり,突然痛みが出ては消えたりします.脈打つような痛みはまずありません.弱い場合は,痺れとして感じられます.原因の多くは神経の圧迫ですが,原因不明の場合も多いのが現状です.理論上,侵害受容性疼痛に使われる鎮痛薬は無効であり,神経障害性疼痛治療薬を使います.ミロガバリン,プレガバリンが代表です.神経が自然に修復されるには長いと数年かかることがあり個人差が大きく予測が困難です.根気よくこうした薬剤を使う必要があります.ビタミンB12は神経の修復を早めるとされます.

・痛覚変調性疼痛

 2021年に我々日本腰痛学会を含めた日本痛み関連学会連合専で定められた新しい概念です。侵害受容性疼痛でいう「現場」に異常はなく、神経障害性疼痛の原因になる神経や脳の損傷が無いにもかかわらず,とにかく常に痛いという状態です.いきなり痛覚変調性疼痛が生じることは稀で,腰部脊柱管狭窄症など様々な痛みを引き起こす疾患が原因となって,過剰な安静による筋量低下や社会交流の乏しさによる脳の機能異常により合併して起こる現象です.簡単に説明をすると,「痛みを引き起こす行動が繰り返されることで,より痛みを感じやすく敏感になっている状態」「痛みを繰り返すことで,脳が痛みを学習し,痛みへのハードルが下がってしまうことで小さな痛みでもすぐに強い痛みと感じてしまう状態」です.腰部脊柱管狭窄症でいえば,仕事などで歩くことを回避できず痛みによる跛行が繰り返されることで,腰部脊柱管狭窄症それ自体の痛みに加え,痛覚変調性疼痛が上乗せされてしまい,うまく表現ができないけれどもほぼ毎日痛い,なという状況となります.治療薬としては侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛に使用する薬剤を使用しつつ,状況に応じて抗うつ薬であるデュロキセチンを使用することもあります.デュロキセチンはうつ病で痛みがあるから使用するということではなく,脳の中でセロトニン・ノルアドレナリンという物質を増やす作用で,下降性疼痛抑制系と呼ばれる脳の痛みのブレーキシステムを正常に戻すために使用します.しかしながら根本治療となることはなく,リハビリで体を動かしたり,認知行動療法と呼ばれる心理療法で痛みへの注意を逸らしたり,痛みの捉え方,対象行動を正すこと,社会参加を段階的に講じることで徐々に改善を目指していきます。